PROFILE

俺

Author:俺
青森県青森市在住。「あなたB型でしょ?」とよく聞かれます。そうですが何か問題でも??

VAPEのブログ
GOING MY VAPE

管理画面

ARCHIVE
SEARCH
COMMENTS+TRACKBACK
Comments<>+-
Trackback <> + -
RSS FEED
TEMPLATES

sightseeingに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。スライドショー

oiraseに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。奥入瀬

moon_treeに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。月と木

torn_paperに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。破れた紙風

wantedに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。WANTED張り紙風

glass_boardシリーズに関する不具合報告・質問等は→FC2ブログ共有テンプレート作ってみた。glass_boardシリーズ
メールで連絡する

名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

ワールドカップと親日・反日 - きっとトルコが好きになる!

2002年に開催された日韓ワールドカップ。
日本・韓国ともにホスト国の維持とプライドにかけて快進撃を続けた。
両国とも初のグループリーグ突破。
日本は決勝トーナメント1回戦でトルコに敗れベスト16。
韓国はさらに勝ち進み、グループリーグで強国ポルトガルに勝利、決勝トーナメントに進むと優勝候補のイタリア、スペインに勝利、準決勝でドイツに敗れ、ベスト4という快挙を成し遂げた。
誤審疑惑とかいろいろあったが、俺は韓国の活躍を同じアジアの同胞として素直に喜んだ。
全ての試合を我が国の事のように熱く観戦した。

ところが、後日知ったのだが、日本がトルコに負けた時、韓国国内のスポーツバーなど、大勢で観戦しているところでは「日本ざまぁwww」と拍手喝采が起きていたらしい。

とても残念な気持ちになった。

というか、今なら韓国がどういう国なのか理解してるから、それほど驚かないけど、当時は韓流なんて言葉も無く、嫌韓やら反日やらそんな言葉もあまり耳にしなかった。
世間も俺も韓国に対して今ほど関心が無い時代だったから、結構ショックだった。

韓国人が最も嫌いな国は『日本』。単独首位!
<2006/09/22 - 中央日報意識調査>
嫌いな国 : 1位 日本 55% / 2位 北朝鮮 15% / 3位 米国 13%


断トツで日本が嫌い。
ちょっと前まで戦争してた北朝鮮よりも日本が嫌い。
嫌いな国を応援するわけないか。
それなのに韓流ブームとか韓国大好きな日本人がたくさんいるのが不思議でしょうがない。


一方、日本に勝利したトルコのお話。
1890年、トルコ軍艦エルトゥールル号が台風に遭い座礁沈没、581人が死亡した。
運よく生存できた69人は遭難し、和歌山県大島に流れ着いた。
遭難者を発見した島民は、台風の影響で漁に出られず食料の少ない中、自分達の非常食を分け与え、手厚く介護した。
その後、69人は日本海軍の比叡・金剛の2隻の軍艦によってトルコに無事送還され、山田寅次郎によって集められた遺族への義援金も届けられた。

日露戦争の際、ロシア艦隊の黒海通行をトルコが許可せず、戦局は日本に優位に働いた。
日本が勝利するとトルコは自国が勝利したかのように喜び、イスタンブールの通りには乃木将軍の名前がつけられたという。

第二次大戦で日本が敗北した時、勝ち馬に乗るがごとく連合国側に参戦して日本へ賠償金を請求してくる国があった。
永久中立国であるはずのスイスや同盟国であったイタリアまでも日本に対して賠償請求してきたが、トルコは日本に対しては賠償請求はしなかった。

1985年、イラン・イラク戦争の最中にイラク軍が「今から40時間後以降、イラン領空を飛ぶ飛行機は民間機であろうが撃ち落とす」と無差別攻撃宣言をした。
イランにいた外国人は次々と国外に脱出したが、当時の日本は「自衛隊を海外に出す事は侵略戦争につながる」という考えから簡単に自衛隊は派遣できず、また救援機や政府専用機も所持していなかったため、215人の日本人がテヘランのメヘラバード空港に取り残された。

(併せて読んでほしい記事 ⇒ 2015.09.17 安保法案のメリット・デメリット

外務省は救援機派遣を日本航空に依頼したが「安全が保障されない」と断られ、時間だけが無常にも過ぎていった。
もはやこれまでと思われた時、2機のトルコ航空特別機がメヘラバード空港に到着し、日本人全員を乗せてイランを飛び立った。タイムリミットの1時間15分前であった。
このトルコの行動に世界中が驚いた。
トルコに対して日本政府からの正式な救援要請は出ていない。
なぜトルコは危険を冒してまで日本人を助けたのか?

それは、テヘラン日本大使館の野村豊大使が、日頃から親交のあったトルコ大使館のビルレル大使に助けを求めたからでした。
ビルレル大使は「わかりました。ただちに本国に報告し、救援機を派遣させましょう。トルコ人なら誰もが、エルトゥールル号の遭難の際に受けた恩義を知っています。ご恩返しをさせていただきます」と言い、トルコ航空に救援を要請し2機の特別機を派遣したのである。

この件を聞いた元駐日大使ネシアティ氏はこう述べました。
エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がしてくださった献身的な救助活動を今もトルコの人たちは忘れてはいません。私も小学生のころ歴史教科書で学びました。
トルコでは子供達でさえエルトゥールル号遭難事件の事を知っています。
今の日本人が知らないだけです。
そこでテヘランで困っている日本人を助けようとトルコ航空機が飛んだのです。

2002年の日韓ワールドカップで日本はトルコに負けたが、翌朝トルコの新聞の見出しには次のように書かれていた。

泣くな、サムライ
我々の心はみなさんと一つだ
トルコは日本の分まで戦う


とても嬉しい気持ちになった。

あとはカメルーンが合宿した中津江村との交流とか有名だよね。
今回も日本よりカメルーンを応援してたしw

あー和歌山で合宿したデンマークのトマソンの話もあったな。
とてもいい話で『少年とストライカーと約束』という本まで出版された美談。
だったはずなのに・・・8年ぶりに落ちがついたw
これは書くと長くなるので、興味がある人は検索してみて。
まぁオルセン監督のいい話や和歌山の人達といい交流をしたのは事実らしい。

6月25日、そのオルセン監督率いるデンマーク代表と日本代表が試合をする。
トマソンもまだ代表に残ってるみたいだし、いい試合になるといいね。
まずは明日のオランダ戦に勝ってからの話だけどw


中国アンケート「W杯、日韓朝のどこを応援する?」
2010FIFAワールドカップ(W杯)がこのほど開幕した。中国でも、12日の対ギリシャ戦で2―0と快勝した韓国チームが注目されるなど、盛り上がりを見せている。
環球網は出場するアジア3カ国(日本、韓国、北朝鮮)のどこを応援するか、とのアンケート調査を実施。
1位 北朝鮮 33.46%
2位 韓国 29.90%
3位 オーストラリア 25.25%
4位 日本 11.40%


日韓朝のどこを応援する?なのに、オーストラリアよりも下にくる日本。
どんだけ日本嫌いだよw
ちなみにオーストラリアは出場枠の諸事情で、オセアニアではなくアジアサッカー連盟に入っている。

中国・韓国・北朝鮮、この3国に関しては、前から書きたい事がたくさんあるけど、今回は長くなったから、また別の機会に。

≪政治・経済・社会≫ 殴り殺される覚悟で書いた 親日宣言
【海外の反応動画】スペイン人が語る2002年あの日の思い出
ブログ村

THEME:雑記 | GENRE:日記 | TAGS:

ジーンときた、いい話 「おばあちゃんのすごろく」

おばあちゃんのすごろく

オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」と喜んでくれた。

先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか
妖怪も混じっていたり。「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に

「義弘(オレ)くんに友達がいっぱいできますように」

人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。そしてありがとう。



目頭が熱くなった。

みんなで探したちょっといい話
ブログ村

THEME:雑記 | GENRE:日記 | TAGS:

ジーンときた、いい話 「天使です、これは」

天使です、これは

770 名前: 本当にあった怖い名無し 04/10/26 16:14:48 ID:aFLRHW85
俺の妹さ、俺が17の時死んだのよ。今からもう8年前。
まだ6歳でさ。末っ子で、男兄弟ばっかだから、兄貴も弟も猫かわいがりしてたね。
でも、元々病弱でさ、ちっちゃくてさ。
でも、めちゃくちゃ可愛くてさ、ちょっとしたことでも、泣くんだよ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」って。いっつも俺の後ついてくんの。
街にあるケーキ屋のショートケーキが大好きでさ、一週間に一回ぐらい、バイト代で買ってやってた。
食ってるとき「おいしいー」って笑う妹が、とっても可愛くてさ、すっげぇ可愛くて…

妹が発作で倒れたって聞いて、俺、学校からバイク飛ばして中学校で弟拾って即効病院に行った。

色んな機械つけて、妹は寝てた。
おかんとばあちゃんが「もうだめだぁ…」って、なんかじいちゃんに拝んでるし。
「シノを連れてかんといて!お願いや」って、じいちゃん、妹生まれてすぐに亡くなってる。
シノを抱くことなく逝ってしまったじいちゃんは、死ぬ間際まで「シノを抱っこしたいなぁ」って言ってた。
俺が行って「シノ!シノ!!」って呼ぶと、意識が戻った。
「にーやん、あんねー、シノ、ショートケーキ食べたいん」
「いっぱい買って来てやるから死ぬな!寝るな!おきてんだぞ!」
って、俺はケーキ屋からあるだけのショートケーキ全部買ってきた。
でも、妹死んじゃったよ。
俺がショートケーキ買って来て、病室のドア開けると、妹が笑ってて、
「買ってきたぞ!シノ、食って元気出せ!」
って、一口食わしたら、
「おいしいー…ありがと、にいや」
って、笑って目を閉じてソレっきり。
すぐに、ピー―――――って、機械が。電気ショックとかやっても無駄だった。

771 名前: 本当にあった怖い名無し 04/10/26 16:15:35 ID:aFLRHW85
棺おけに入るときに、気に入ってた、おかんが作ってやった紺色の、フリルのいっぱいついたドレス着てた。
ばーちゃんが作ってやったお手玉もいれてやった。
お気に入りのテディベアも入れてやった。
俺、一年ぐらい立ち直れんかった。
壁にさ、誕生日に妹がくれた「にーやん達の顔」って絵があってさ。
まだ六歳だから下手糞でさ、でも、兄弟で笑ってんの。
俺と一番上の兄貴の間で、カチューシャ付けた妹が笑ってる絵。
もう、ソレ見るたびに泣けて来るんだよ。

でも、我が家でな、ちょっと不思議なことが起きるようになったのはそれからなんだ。
夜中に、ばーちゃんの部屋から声がすると思ったら、ばーちゃん(ボケてなくて、霊感あり)が、
「あぁ、じーさん、紫乃連れてきてくれたん。そう、その服気にいっとんのな、あぁ、そうかそうか、これて嬉しいか」
障子の隙間から見ると、ばーちゃんが笑ってんの。相槌まで打ってさ。
テーブルにお茶とジュースまで出してさ。
妹の好きな、地元の古い店が作ってる瓶のサイダー。
俺、ついついばーちゃんの部屋あけちゃった。
そしたら、ばーちゃん、慌てもせずにさ「ヒロトー、じいちゃんとシノがそこに来とる、挨拶せぇ」
って、俺にまでお茶出すし。
「これ飲んだら、かえるとこまで帰りんさい」
って、ばーちゃんは笑ってた。

まぁ、それくらいは序の口。

おかんが台所で、弟のおやつにホットケーキ作ってたら、作っといた一皿の、一枚の半分だけが無くなってんだって。
歯型ついてて。どう見てもシノの口の大きさでさ。
「あの子、ホットケーキも好きやったからなぁ」
って、ばーちゃんもおかんも涙してんの。
あとは、家に居るときに、シノの声を聞いたことは、全員ある。
おとんが、「きっと、この家が好きで出て行かないんだろう」って言ってたな。

772 名前: 本当にあった怖い名無し 04/10/26 16:16:25 ID:aFLRHW85
で、就職するからって東京で一人暮らし始めた。
その頃、好きな女もできて、告白しようか迷ってた。
ある日、夢ん中、妹とよく行った公園で、二人でベンチに座ってた。
「にーやんは、あの人すきなの?」
おかんが作ってやったフランス人形みたいなドレス着てさ、妹が笑ってんの。
向こう側のベンチに、俺の好きな人が座って、本を読んでて、それを指差しながら。
「うん」
って、俺が答えると、
「大丈夫、シノが何とかしたげる」
って笑ってた。

んで、しばらく経ったある日さ、その女の人から告白されてしまった。
それから、そのまま今に至るってわけで。
結婚して、しばらく経って、実家に、シノとじーちゃんの墓参りに行った時、墓前でさ、俺の奥さんが言うんだよ。
「そういえばね、不思議な事があったの」
「なに」
「あなたに告白する前にね、不思議な子にあったの。
新宿で買い物してたら、ちっちゃい女の子に声をかけられてね、紺色に白いフリルのドレス着てて…
でね、『おねーさんは、にーやんのこと好きですか』って言われたの。
『にーやんってだれ?』って聞いたら、『大丈夫ー、おねーさんは、にーやんのお嫁さんになる、うちのにーやんもおねーさんの事好き』って
言って、どっかに消えちゃったの。
でね、その子が居なくなった後、不思議なんだけど、あなたの顔が頭に浮かんだの」
「…シノ…」
しか、思い当たる所は無い。
そのことを、嫁に話すと、嫁は「まさかー」って笑ってたが、実家に戻って、茶の間に飾ってある、妹の写真見て、 「この子!!」って、驚いてた。
あぁ、シノがくっつけてくれたんだ。

773 名前: 本当にあった怖い名無し 04/10/26 16:17:47 ID:aFLRHW85
で、またしばらくして、嫁が妊娠。
でも、ちょっと危なかった。
ある日、病院で、嫁の看護しながら、眠っちまった。
そしたら夢に、またシノが出てきた。
「にーや、おとーさんになるの」
「そうだね」
また、公園だった。今度は俺の横に、腹が大きい嫁が座ってた。たまごクラブ読みながら。
「シノ、にーやの子供、守る」 って言って、
嫁も、「お願いね」って言ったら嫁の腹の中に入ってっちまったよ。
むしろ、消えたの方が正しいのか。
目が覚めて、朝、嫁にその事を話したら、嫁も、同じ夢を見てたらしい。
で、嫁も「お願いっていったら、おなかン中入ってっちゃった」って笑ってて…

無事、生まれました、我が子。

健康な、女の子です。今年三歳になります。
しぐさが、妹に似てます。
笑い方とか、喋り方とかね。あと、性格とか、好きな物とか嫌いなものとか。
っていうか、妹の生まれ変わりだろうな。
っていうか、俺、親ばかになりました。
麻雀も、パチンコもやめたし、家にも早く帰るようになったし。

俺の実家に帰ると、もう、皆、猫っ可愛がり。
ばーちゃん大興奮。
おやじ、初孫の為にデジカメとデジタルビデオカメラ買いました。
おかん、連れてくと離しません。

とても元気で、いたずら盛りの我が娘、元気に育てよ。
まぁ、平和です、我が家。



いい子だなぁ

みんなで探したちょっといい話

ブログ村

THEME:雑記 | GENRE:日記 | TAGS:

ジーンときた、いい話 「着物の少女」

着物の少女

772 本当にあった怖い名無し sage 2005/07/26(火) 18:17:06 ID:amlXWpEo0
毎年夏、俺は両親に連れられて祖母の家に遊びに行っていた。
俺の祖母の家のある町は、今でこそ都心に通う人のベッドタウンとしてそれなりに発展しているが、二十年ほど前は、隣の家との間隔が数十メートルあるのがざらで、田んぼと畑と雑木林ばかりが広がるかなりの田舎だった。
同年代の子があまりいなくて、俺は祖母の家に行くと、いつも自然の中を一人で駆け回っていた。それなりに楽しかったのだが、飽きることもままあった。

小学校に上がる前の夏のこと。俺は相変わらず一人で遊んでいたが、やはり飽きてしまっていつもは行かなかった山の方へ行ってみることにした。祖母や親に、山の方は危ないから言っちゃダメと言われていて、それまで行かなかったのだが、退屈にはかなわなかった。
家から歩いて歩いて山の中に入ると、ちょっとひんやりしていて薄暗く、怖い感じがした。
それでもさらに歩いていこうとすると、声をかけられた。

「一人で行っちゃだめだよ」

いつから居たのか、少し進んだ山道の脇に、僕と同じくらいの背丈で髪を適当に伸ばした女の子が立っていた。
その子は着物姿で、幼心に変わった子だなと思った。

「なんで駄目なの?」

「危ないからだよ。山の中は一人で行っちゃ駄目だよ。帰らなきゃ」

「嫌だよ。せっかくここまで来たんだもん。戻ってもつまらないし」

俺はその子が止めるのを無視していこうとしたが、通りすぎようとしたときに手をつかまれてしまった。
その子の手は妙に冷たかった。

「……なら、私が遊んであげるから。ね? 山に行っちゃ駄目」

「えー……うん。わかった……」

元々一人遊びに飽きて山に入ろうと思い立ったので、女の子が遊んでくれると言うなら無理に行く必要もなかった。

その日から、俺とその女の子は毎日遊んだ。
いつも、出会った山道のあたりで遊んでいたので、鬼ごっことか木登りとかがほとんどだった。
たまに女の子がお手玉とかまりとかを持って来て、俺に教え込んで遊んだ。

774 本当にあった怖い名無し sage 2005/07/26(火) 18:18:04 ID:amlXWpEo0
「健ちゃん、最近何して遊んでんだ?」

「山の近くで女の子と遊んでる」

「女の子? どこの子だ?」

「わかんない。着物着てるよ。かわいいよ」

「どこの子だろうなあ……名前はなんつうんだ?」

「……教えてくれない」

実際その子は一度も名前を教えてくれなかった。
祖母も親も、その子がどこの子かわからないようだった。
とりあえず村のどっかの家の子だろうと言っていた。
その夏は女の子と何度も遊んだけど、お盆を過ぎて帰らなきゃならなくなった。

「僕明日帰るんだ」

「そうなんだ……」

「あのさ、名前教えてよ。どこに住んでるの? また冬におばあちゃんちに来たら、遊びに行くから」

女の子は困ったような何とも言えない顔をしてうつむいていたが、何度も頼むと口を開いてくれた。

「……名前は○○。でも約束して。絶対誰にも私の名前は言わないでね。
 ……遊びたくなったら、ここに来て名前を呼んでくれればいいから」

「……わかった」

年末に祖母の家に来た時も、僕はやはり山に行った。
名前を呼ぶと、本当に女の子は来てくれた。
冬でも着物姿で寒そうだったが、本人は気にしていないようだった。

「どこに住んでるの?」
「今度僕のおばあちゃんちに遊びに来ない?」
などと聞いてみたが、相変わらず首を横に振るだけだった。

そんな風に、祖母のうちに行った時、俺はその女の子と何度も遊んで、それが楽しみで春も夏も冬も、祖母の家に長く居るようになった。
女の子と遊び始めて三年目、俺が小二の夏のことだった。

「多分、もう遊べなくなる……」

いつものように遊びに行くと、女の子が突然言い出した。

「何で?」

「ここに居なくなるから」

「えー、やだよ……」

引越しか何かで居なくなるのかなと思った。
自分が嫌がったところでどうにかなるものでもないとさすがにわかっていたが、それでもごねずには居られなかった。

775 本当にあった怖い名無し sage 2005/07/26(火) 18:19:16 ID:amlXWpEo0
「どこに行っちゃうの?」

「わからないけど。でも明日からは来ないでね……もうさよなら」

本当にいきなりの別れだったので、俺はもうわめきまくりで、女の子の前なのに泣き出してしまった。
女の子は俺をなだめるために色々言っていた。
俺はとにかく、また遊びたい、さよならは嫌だと言い続けた。そのうち女の子もつうっと涙を流した。

「……ありがとう。私、嬉しいよ。でも、今日はもう帰ってね。もう暗いし、危ないからね」

「嫌だ。帰ったら、もう会えないんでしょ?」

「……そうだね……。あなたと一緒もいいのかもね」

「え?」

「大丈夫。多分また会えるよ……」

俺はさとされて家路についた。
途中何度も振り向いた。
着物の女の子は、ずっとこちらを見ているようだった。

その日、祖母の家に帰ったらすぐに、疲れて寝に入ってしまった。
そして俺は、その夜から五日間、高熱に苦しむことになった。
この五日間のことは、俺はほとんど覚えていない。
一時は四十度を越える熱が続き、本当に危なくなって、隣の町の病院に運ばれ入院したが、熱は全然下がらなかったらしい。しかし五日目を過ぎると、あっさり平熱に戻っていたという。

その後、祖母の家に戻ると、驚いたことに俺が女の子と遊んでいた山の麓は、木が切られ山は削られ、宅地造成の工事が始まっていた。俺は驚き焦り、祖母と両親に山にまでつれて行ってくれと頼んだが、病み上がりなのでつれていってもらえなかった。

それ以来俺は女の子と会うことはなかったが、たまに夢に見るようになった。
数年後聞いた話に、宅地造成の工事をやった時、麓の斜面から小さく古びた社が出てきたらしいというものがあった。工事で削った土や石が降ったせいか、半壊していたという。何を奉っていたのかも誰も知らなかったらしい。
その社があったのは俺が女の子と遊んでいた山道を少し奥に入ったところで、ひょっとして自分が遊んでいたのは……と思ってしまった。

実際変な話がいくつかある。

776 本当にあった怖い名無し sage 2005/07/26(火) 18:20:40 ID:amlXWpEo0
俺の高校に自称霊感少女がいたのだが、そいつに一度、

「あんた、凄いのつけてるね」 と言われたことがあった。

「凄いのってなんだよ?」

「……わかんない。けど、守護霊とかなのかな? わからないや。でも、怪我とか病気とかあまりしないでしょ?」

確かにあの高熱以来、ほぼ完全に無病息災だった。

さらにこの前、親戚の小さな子(五才)と遊んでいたら、その子がカラーボールを使ってお手玉を始めた。俺にもやってみろと言う風にねだるのでやってみると、対抗するかのようにいくつもボールを使ってお手玉をした。何度も楽しそうにお手玉をした。
あんまり見事だったので後でその子の親に、

「いやー、凄いよ。教えたの? あんな何個も、俺だってできないよ」

と言うと、親はきょとんとして、「教えてないけど……」と答えた。

もう一度その子にやらせてみようとすると、何度試してみてもできなかった。

「昼間みたいにやってみて」

「? なにそれ?」

と言う感じで、昼のことをおぼえてすらいなかった。
何と言うか、そのお手玉さばきは、思い返すとあの女の子に似ていた気がしてたまらない。

今もたまに夢に見るし、あの最後の言葉もあるし、ひょっとしてあの子は本当に俺にくっついてるのかなと思ったりする。ちなみに女の子の名前は、なぜか俺も思い出せなくなってしまっている。
不気味とかそういうのはなく、ただ懐かしい感じがするのみである。

以上、まとまらないが、思い出を書いてみた。



ずっと一人で寂しかったんだろなぁ

みんなで探したちょっといい話

ブログ村

THEME:雑記 | GENRE:日記 | TAGS:
PICK UP
NEW ENTRY